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2015年9月8日火曜日

英語の授業で最初のつまづきについて

私は英語ができません。

事実、中学生の時の英語の順位は36名のクラスの中で30番前後

担任の英語教師のA先生の居残り単語暗記講習の常連というか皆勤賞男でした笑

今思うに、自分が英語劣等生であった理由は主に2つです

①単語を覚えるつもり・気力がない
こればかりはどうしようもありません。
英語は暗記するという行為が絶対に必要になる教科な以上、単語力=正義なのです。
事実、高2になって単語を覚え始めたら読みができるようになり英語の点数は伸びましたね


あと、、、理論的な部分としては、
②一番最初に習うbe動詞を自分の英語の理屈の中で位置づけることができなかった
というものです。

I'll be back.という某マッチョ知事のセリフを借り、その疑問点・矛盾点を説明します。

それぞれの時制を変えると、
現在形 I am back.
現在形否定 I am not back.
過去形 I was back.
過去形否定 I was not back.
未来形 I will be back.
未来形否定 I will not be back.
となります。

最初に習うbe動詞の現在・過去ですが、
am(was)は「be動詞で、I(I/she/heなど)に付く現在形(過去形)のものである」という説明があり、
否定形にするには、be動詞の後にnotをつければよいとも言われ、
「まあ、そんなもんか」と思いながら覚えた記憶があります。

続いて、助動詞が出てきて、文をつくると「助動詞+動詞の原形」となると説明がありました。
これも「まあ、そうゆうルールなんだ」と思った記憶がありますが、助動詞の入った文を否定形にするには「助動詞+not+動詞の原形」となるとのこと。。。

現在時制と過去時制については一定のルールで運用されている気がしました
ただ、未来時制になると、これまでの説明と整合性がないんじゃないか。。。と思ったのはこの瞬間です。
willを入れると、notの位置がbe動詞を追い抜いて前に出ているいるではありませんか。
なぜ”I will be not back.”とならないのかの説明がないのです
加えて、混迷を深めさせるのは、won'tだったりisn'tなんていう省略形も出てくることです。

このようなことから、be動詞の文と一般動詞の文で違う思考をしなければいけないような気がして、英語における統一的なルールをイマイチ感じることができず、「よくわからねえなぁ」という中学時代ずっと苦しめられた英語に対する苦手感へとつながっていきました。



高校生になって、色々と考えるうちに、この疑問を解決する一つの仮説を思いつきました

そのヒントとなったのが、
①I did have a relationship with Ms. Lewinsky that was not appropriate.
②Don’t be afraid of making mistakes 〜.
という文です。
①は浮気をしたクリントン大統領の言、②は「英語をしゃべるときは間違いを恐れてはいけません」という英語の教科書おなじみの例のヤツです笑

①の文を見た時、「hadじゃないのか?did haveとは何ぞや」と思いましたが、ここでのdidは過去の助動詞、haveは動詞の原形で、助動詞の文の教科書通りです
この構造を理解して初めて、自分は英語において過去の助動詞という概念があると感じました
過去の助動詞といえば、古文の授業でのほうが見ていた気がします
否定形のことはさておき、基本的には過去形で表現できるものと思ってましたw
浮気はバレて大変なことになったそうですが、自分にdo,did,doesが助動詞として機能するということを意識させてくれたことに感謝します笑、大統領

また、②については
命令文を作るときは、動詞の原型を頭に置く
命令文を否定するときは、その前に”Do not”を置く
命令文に関連する基本的なルールですが、②のようなDon't be 〜という並びに違和感を覚えたことは度々ありました

ただ、理屈っぽく考えてみると、ここでのDoは現在の助動詞であり、その後に動詞の原形であるbeを入れることは問題ないように思えてきました。

つまり、もともとは、
am,are=do be (先の例文で言えば、I am back=I do be back.)
is=does be
was,were=did be  (I was back.=I did be back.)
であり、一番最初に英語の授業で習ったbe動詞の活用形や一般動詞の過去形こそが、省略形で例外的であるという仮説を発見しました
こうすれば、"I will be back."との整合性もとれますし、疑問文や否定文に関してもこの理屈で対応がある程度可能かと思います
多分、よく使うために面倒くさくて省略したんだろうな~

また、be動詞に関しては、この肯定の省略形が先にあって、否定形を作る際にそれぞれの後にnotを入れればよいとなったのではないかな〜と想像しています

英語の骨組みといえば、SVOCとかよく言われますが、こう考えると、
「S+助動詞+V」
であり、
「助動詞は、英語の骨組みの部分ではないが、動詞の見た目を左右する」
(英語初心者にはこの「見た目」の問題が一番の問題だと思うのですが。。。)
という一元化されたルールで運用されている気がしてきて、勉強する気にもなったということですね



2015年6月7日日曜日

クールビスについて最近思うこと

6月に入り、夏の足音が少しづつ近づいている気がします

日本の夏。。。自分にとってはサイテーな季節です。。。
暑いし、蒸すしで、すべてのやる気がもって行かれます

昔の人はそんな中でもスーツにネクタイで働いていたとか、、、
偉いというべきか、声を上げる勇気のない羊の群れだったのか、Mっ気に満ちあふれていたのかは置いておいて、、、


最近はクールビズがかなり浸透してきて、ノータイで勤務の企業数がかなり多くなってきています

そして、ユニクロなどの大手アパレルはポロシャツの扱いを増やしており、それから一歩進めて、ポロシャツ勤務を推し進めるような商品展開を行っています
自分の会社では、夏期間はノータイはもちろん、ポロシャツでの勤務も可となっており、かなり助かっているところです


ただ、実際のところ、日本のサラリーマンだと、ポロシャツまでは認められずワイシャツを着なければいけない人がまだまだ多いと思いますし、自分もポロシャツではカジュアルすぎてダメかなと思う場面が夏期間中に何度かあります




そんな時に、ポロシャツ地(ニット地)のワイシャツがあったりすると非常に助かります

そうとは知らずに偶然買ったもので、ニット地のワイシャツを一つ持っていますが、素人目には普通のワイシャツと全く見分けがつかないのに、直に着ることができて、汗をかいても乾きやすいので非常に快適です
直に着るので、透けないよう色などに注意が必要ですが、ほかは普通のワイシャツと変わりません

ニット地ワイシャツは、探せばあるにはあるのですが、まだまだ一般的にはなっていないので、多少値が張るのものが多いというのがネックです
量産化で価格を下げていただければ非常に嬉しいですね



ちなみに、ワイシャツじゃなきゃダメって言う日本企業の形式主義を逆手に取って更にもう一歩話を進めるとすれば、、、
「飾りフェイクボタンsが前についていて、ワイシャツ風を醸し出すポロシャツ」とか作れないものでしょうか!?
うまく作れば、ポロシャツだってばれないと思いますがね〜
あれば自分はまとめ買い&愛用すること間違いなしです!



大手アパレル各社がビジネス用のポロシャツに市民権をもたせようという展開をされているのは大いに結構なんですが、いきなりポロシャツ勤務を広く認知させるのはハードルの高いことにチャレンジしているように思います
それよりは、先に書いたフェイクポロシャツみたいな裏の掻き方が広く知れ渡ることで、この種の形式主義の馬鹿らしさを白日のもとに晒す、という方が効果的な気がしてならないのですが。。。




以上、暑がりの一消費者からの提案でした!
ユニクロさん、このあたりご検討いただけないでしょうかね〜?

日本の夏が多少マシになることを願って☆


2015年3月22日日曜日

自分がSimフリー端末に求めること

最近話題の諸々のSimフリー端末

国内メーカーも多々参戦し始めていますが、VAIOフォンのように「ど真ん中」と言いながらビンボール放るようなケースもある訳で(笑)

自分なりにあったらいいなぁ〜と思う端末のスペックとかを書いていきたいと思います!

①電池は取り外し式&予備バッテリー充実希望

最近のスマホは電池の持ちが良くなったとか言いますが、電池の持ちが良いものなんてスマホとは言いません(笑)

それで、電池固定式の端末が非常に多くなってきておりまして、個人的には残念に思っている訳であります。

勿論、固定式の方が取り外し式よりも電池の持ちを良くできることは知っています。

ただ、取り外し式の電池の予備とバッテリーチャージャーを持ち歩いて、バッテリー切れの時は、the other oneを入れ替えて利用する自分からすると、取り外し式のスマホの選択肢が無くなるのは迷惑なのです

固定式で電池の稼働時間が伸びるといっても所詮数割な訳で、自分のやり方なら単純計算で倍になりますからね〜

という訳で、スマホに着脱式の電池方式と安い予備バッテリー装備を用意してくれると非常に嬉しいですね!

韓国では自分のような予備バッテリーを持ち歩く使い方が一般的なようで、ここのところ苦境の韓国メーカーにここは頑張って欲しいところです!

②Androidは最新バージョンを使いたい…ので余計なアプリを入れるな!!

日本の三大キャリアのAndroidスマホの最もいただけない点は、キャリア(と時々メーカーも)が邪魔したがために、Androidの最新バージョンが使えない点です

キャリアやメーカーが提供している全く使わない出しゃばりアプリを、各端末において最新バージョンのAndroidに対応させるのが億劫だという理由で、端末のアップデート自体がなくなるとは、、、愚の骨頂と言わざるを得ない( ´Д`)=3

なので、余計で無駄で邪魔なキャリア・メーカー謹製アプリなど最初から入っていないNexusのような端末ならば、多分今後も最新バージョンのAndroidを使えるのでは?と思います

おい、センスの無いキャリア・メーカー奴らは、余計なアプリ入れるんじゃねーぞ!

③メモリは2Gで良いから価格は安く、SDは必須、防水機能、デュアルSim仕様とセルスタンバイ対策がデフォで入っていると素晴らしい

あとはタイトル通りですが、いわゆるミドルレンジの端末があまり無い状態なので、細々した機能とコストパフォーマンスに拘りを持って欲しいですね
VAIOフォンを反面教師にして(笑)

という訳で、自分がSimフリー端末に希望することは大して無い訳ですが、これを満たす端末はあまり無いんですね〜

技術者がこだわり抜いて、いわゆるマニア向けの変態端末を作るというのが日本のかつての良さだったとおもうのですが、、、、
国内メーカーの反攻に期待をしたいと思います!


2015年2月25日水曜日

格安SIMカードに思うこと

初めて書きますが、私はスマホデビューと共に格安SIMカードを使い始めまして、それから二年ほど経ちました
(なので三大キャリアのスマホは持ったことがありません笑)

格安SIMも、その頃はまだまだマイナーで私も「アイツ何やってんだ」的扱いを受けたものですが笑、最近は認知度も高まり通信費削減の切り札として流行語にもなったりしていますね

私も、ガラケーのみ所有の家族全員に強烈にプッシュして、私同様auのガラケーと格安SIMカードを挿したdocomoスマホの二台持ちをさせまして、結果としてそれぞれ二台計で月額2000円強でケータイ代が済んだうえ、利便性も上がり、変えて良かったと言われています

ただし、安いがゆえに出来なかったり、トレードオフになっている部分は確かにあるので、その辺りを書いていきたいと思います

○格安SIMカードが向かない人・向く人

スマホで通信量を食うことをする人(特に通信量と値段なら通信量を重視する人)には基本向きません

最近は無制限プランもありますが、信頼性は格安SIMカードと三大キャリアでは大違いです(最初は良いSIMのサービスでも徐々に利用者が増えてパンクすることも…)

動画視聴・ネットゲームが出来ないと困るのなら、格安SIMについて勉強しながらも今のうちは大人しく三大キャリアでいるのが無難な気がします

そうです!
格安SIMカードのメインターゲットは
「動画視聴とかゲームとかほぼしないし(しなくてもいいし)、ケータイ料金を安く済ませたいな〜」
というようなライト層の方です

まずは自分の月のデータ通信量を調べてみましょう(やり方はググってね•̀.̫•́✧)

データ通信のみなら、2GB前後の方は月1000円、3GBくらいの方は1500円ちょい出せば、格安SIMカードでサービスが使えます

その中でも、ガラケーと格安SIMカードを挿したデータ通信専用スマホの二台持ちこそがベストと信じてやまないのですが、その理由を何個か…

①完全に乗り換えるならキャリアメールが死にます

Gmailはサイコーに使いやすいメールですが、迷惑メール対策でPCからのメールはケータイで受取拒否にしている人も多いです
格安SIMカードのみに完全に乗り換えてキャリアメールを殺すと、そういう人との連絡手段がなくなります

なので、三大キャリアのガラケーを最低限の契約で保持しつつ(スマホの方はガラケー白ロム買って持ち込み機種変するのが情強です!)
データ通信専用で格安SIMのスマホを持つというもので、そうすると死角が無くなります
(実はlineなどの認証でもガラケーが便えるのでかなり価値アリです)

また、auのみですが、キャリアメールを数カ所へ自動転送するサービスが無料で使えますので、そこにスマホのGmailを入れておけばスマホで全てのメールに目が通せます!

ガラケーは見ないでOK!auサイコー!月1000円ちょいしか使わないけどサイコー!面倒臭がりの自分にはサイコー!

②通話の管理

「メールはスマホで見れるのはわかったけど、データ通信のみだと、電話についてはガラケー見なくちゃいけないじゃん」というご意見、おっしゃる通りです

ただ私のプランはそこもカバーしておりまして、050通話アプリ(スマトークなら無料で050番号が取れます!)で番号を取得して、ガラケーからそっちに自動転送をかけてしまうのです!

自動転送の秒数を最低にすれば、ガラケーにかかった直後にスマホに転送されますし、両方に履歴が残った上、登録したメアドに不在時はメールも来ます!
どれだけ注意力散漫でも気づきますね笑
(もしかしたら秒数設定可なのがauのみかも…)

もちろん050なので通話音質はお察しですが……今後の技術の向上は間違いないでしょうし、出ても大丈夫な相手ならそのままスマホで出て、きちんとした通話音質が欲しいならすぐガラケーで折り返せば済む話です

という訳で、二台持ちの相棒がauの方なら、二台持つことの弊害は二台持つという物理的側面以外はほとんど無く、スマホだけウォッチしておけば、Cメール以外なら連絡をスルーするといったことはないと思います!

③電池の問題
そろそろあの大震災の日付が近づいてきました…
ケータイは緊急連絡手段としての要素がかなり大きいと感じさせられた大事件でした

もし首都直下の地震が起きて、2〜3日スマホを充電出来なかったら……と考えてみると、電池が切れやすいスマホのみと心中していいのか?という疑問は常にあります

スマホの方が調べものもし易いのは当然ですが、二台持ちはそういった時の保険になりえると思います

……………………………

という、auの回し者チックなことと、多少真面目なことと書きましたが、auにとっては自分はいいお客さんじゃないんだろうな〜と思います!

では良いケータイライフを!

2014年9月12日金曜日

ワイ鷹ファン 稲葉ジャンプに酔いしれつつもらい泣き。。。 2014・9・11@東京ドーム

なんJ風の見出しで始まりましたがw

9月11日 日本ハム対SBホークス@東京ドームを観戦しました!

試合は、、、負けました。気持ちよくw

初回に3点取られて、さらに翔さんに3ランを喰らいまして、、、
序盤で6点も取られてしまいました。。。

内川の2ランで少々盛り上がりましたが、、、、反撃は以上。。。

これ以上書いても、試合結果については愚痴になりますので控えます。。。




何よりこの試合での見所は、今期で引退を表明した日ハム稲葉でした

試合後半に代打で出てきたのですが、
これが今期東京ドーム最終戦で、ハム・鷹ファン問わず大声援が送られました

鷹ファンとしては、これまで稲葉選手にはここぞと言うところで打たれ、これまで散々煮え湯を飲まされてきました

ただ同じパ・リーグ好きとしては、ハムの屋台骨をどっしり支える彼を見て、パを代表してセ・リーグに対抗するだけの力量と存在感を持った選手として、「敵ながらあっぱれ」とリスペクトしていました
そして、侍JAPANに彼が入った時には、これ以上無く頼もしく感じました

そんなパの大功労者の彼も引退ということで、日ハムファンは当然ながら、彼の勇姿に声援を送るのが同じパ・ファン同士としてあるべき姿だと自分は思うのです

幸いなことに、そのように思ってくれる鷹ファンも多かったようで、彼の打席の際は敵ながら我が方からも稲葉コールが巻き起こりました
(自分も絶叫しましたw)

打席が終わって、その声援に感動して稲葉選手が涙を見せていて、その様をオーロラビジョンで見て自分ももらい泣きしてしまいました



試合後には、ドーム最終戦ということで、日ハムの選手たちが挨拶に出てきまして、
そこでも稲葉コールと稲葉ジャンプが巻き起こりました

試合中は、声援のみでさすがに稲葉ジャンプは控えている鷹ファンが多かったですが、試合後はノーサイドで残った全観客の9割が跳ねてましたwwwww
本人も泣きながら声援に応じていて、自分もその様子にさらに感動して号泣&絶叫でした。。。


偉大なプレーヤーに対して野球ファン達はこのようにして敬意を表すべき、という見本を見せられたようで、我が軍が負けたものの非常に印象に残る試合でした。



このように気持ちのいい試合を今後も見たいですが、その時は稲葉のような名選手が引退する時のようでちょっと怖い気もしますね。。。。


今夜はとりあえず感動して気持ちよく寝ます!!

2014年9月11日木曜日

パ・リーグ好きな自分が気付いた事!

オリックス佐藤達也投手と最強の市民ランナー川内優輝選手って面構えそっくりじゃない!?

2013年10月19日土曜日

リーガル•ハイに関する考察

 「半沢直樹」で大ブレイク!の堺雅人主演の今期クール「リーガルハイ」二期始まりましたね!
 視聴率ですが、一回目は半沢越え、二回目は16パーと落ちてしまったようですが、視聴率がここまで取り上げられるのはやはり「半沢〜」の所以でしょうね〜

 「半沢〜」が気になって、見始めて、面白くて、堺雅人って気になるな〜と思い始めまして、、、
 同じくらい面白いと言われて「リーガル•ハイ」一期をオススメされ、「半沢〜」最終回後、「リーガルハイ」二期開始前に一気見してしまいました。



 ご存知の方も多いと思いますが「リーガルハイ」は法廷を舞台にしたコメディです。
 法廷ものといえばシリアスと相場は決まっている様な気がしますが、見てみるとコメディ色の強さで異彩を放っていました。

 ただ、、
 この作品を制作された方々には、現行の司法制度について確かな意見•思いを持っていて、笑いに隠してその私見をきちんと打ち出している様に思えます。


 「我々は神ではない、所詮ただの弁護士だ。真実が分かる訳がない。検察の証拠が不十分だったから被告人は無罪になった、それだけだ。」

 第一話、無罪となった担当した被告人が本当に無実なのか信じきれなくなった黛への古美門のこの台詞が、端的に作者の意見を表現していると思います。

 「無実」と「無罪」は本来違う
ただ「無実」ではないと証明できない以上「無実」で「無罪」と判断せざるを得ない
という現状の法治主義への諦め、ただ、それに頼らざるを得ない状態から法治主義を尊重する姿勢、相反した二つの思いが透けて見えます。


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 自分には、これは政治学に於ける「民主政治」の扱いかたと似ているように思えます。

アメリカが戦争を起こす口実にするなど、「民主制」は西洋的な価値観のせいか、何か普遍的なものだと思われがちです。しかし、本来ベストの政治方式ではなく、一番失敗をしにくいという意味での次善策に過ぎません。

 政治体制について紐解いてみると、、、
古代中国に於いては、徳と智を積んだ支配者が善政を敷いていたといわれており、教科書ではこれを「王道政治」とよんでいました。
時代が下っていくとともに、「王道政治」は廃れて形を変え、支配者は民から搾取をしていくようになっていきます。これを教科書では「覇道政治」呼んでおり、絶対王政や奴隷制含む身分制の大元と言えるでしょう。
その「覇道政治」に終止符を打ったのが、現在の「民主制」という考え方です。

「覇道政治」は置いておいて、
「王道政治」と、現在普遍性を獲得している「民主制」。
正常稼働時にどちらがよいかと言えば、間違いなく前者です。

政(まつりごと)は政策立案だけではなく、政策決定•政策実行から成り立ちます。

徳と智を積んだ支配者は、民におもねることなく事柄をミクロ•マクロ両面から捉えることができる万能な人ととらえられており、短期•長期の視点からも政策立案を間違えることはありません。また、支配者として統治機構を総覧しているため、政策の決定と実行は速やかに行われます。

対して民主主義では、
①複数の意見を集約するため立案に時間がかかり、実行も別の組織が行うため遅くなりがち
②決定自体もポピュリズムに陥りかねない、
とスピードと正確性の点でリスクがあります。

結果としては、「民主制」よりも万能な支配者に政治を委ねる「王道政治」の方が、そのコミュニティの構成員にとって有益です。
(ただ、利害関係が複雑化している社会において、「王道政治」なるものが本当に存在するのか?というような存在論的な問題は置いておいて、、、)

 ただ、徳と智を兼ね備えた万能な支配者になりうる人など存在せず、「権力は絶対的に腐敗する」ため、いかな人の手によっても王道政治が実現することはない(=覇道政治に陥る)ということから、より破綻しにくい民主制を採らざるを得ない、というだけだと思います。

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法治主義も同じようなことが言えます。

もし法廷に全知全能な存在がいれば、真実をいとも簡単に見つけ出し、それに基づいて判決を出すことが出来るでしょう。スピードも正確性も申し分ありません。

ただ、そんな人は法廷にも存在しません。弁護士も検事も判事も、所詮欠点だらけの人間です。

事実を事実だと示すことすら一苦労の状態だからこそ、被告側と原告側を競わせるゲーム性を裁判に持たせている様に思います。

事実、真実を明らかにするのであれば本来到底許されないと思うのですが、弁護士は依頼者の不利になることは証言する必要はありませんし。(偽証はいけませんが)

そのため、事実があって判決があるというよりは、判決を自分の求めるところに近づけるために事実認定を狂わせる、などという逆説的な戦術も十分採る余地があります。

実際に、殺人などの重大犯罪の被告に対する精神鑑定の結果を巡る攻防などを聞いて、やるせない気分になったことは、皆一度二度ではないはずです。

古美門が行っている法廷戦術は、一見するに、このような逆説的法廷戦術のオンパレードに思えます。
(もちろん、コメディなので大袈裟だったり現実離れしている描写もありますが)

ただ、その行動の裏に次善の策に過ぎない法治主義に対する、古美門のやり場のない思いを感じ取ってしまうのは自分だけでしょうか?

第四話で、マンション建設に反対する「善き」住民に共感する黛の見方を「上から目線の同情」と、より広い視点から切って捨て、自らの依頼人のため最善を尽くすよう彼女を叱責した古美門の台詞

コメディ調にはしていましたが、黛をやり込める言葉の端々に、真実を渇望しながらもそれにはたどり着けないと悟りきった法律家の諦観と、それでも彼が持つ自身の仕事に対する誇り・責任感を強く感じました。

裁判を正義・善を実現する場と短絡的に考えている黛と、そのことの困難さを渇望するが故に知り尽くした古美門のやり取りが、このドラマに深みを与えている気がします。




ま、一言で言えば、コメディとして面白おかしく気楽に楽しめるけど、時々深いことも言ってて、「リーガル・ハイ」はいいドラマだよ、ってことです!