会社で株式実務を担当している。
株主総会の招集通知を作ったり、有価証券報告書の非財務部分を作ったり、適時開示を作ったり、取締役会・株主総会の事務局をやったり、会社法・金商法・東証の上場規程あたりに基づいて仕事をする人で、特に上場している会社であれば同じような担当をしている人は少なからず社内にいるはずだ。(有報や金商法は対象外という会社もある)
かつて弊社では、株式担当は自らを“季節労働者”と呼称しており、それほど株主総会シーズンとそれ以外では業務密度に差がある状態だったが(ガバナンスコードの本格化以降、それ以外の時期もちょくちょく忙しい。。。)、その繁忙期の仕事として中心をなすのが株主総会の招集通知の作成作業である。
2023年に株主総会資料の電子提供制度というものが始まった。
招集通知をはじめとする株主総会資料は、自社・東証等のHPを通じて電子的に提供し、“そこにアクセスするためのURLやQRコード等を含む通知書面のみを送ることを基本とする”というものだ。実質的に、「アクセス通知は、ほぼ“狭義の招集通知”(=冒頭の総会の日時・場所・議題等が記載されているエリア)」であり、実務上はそれに加えて「議決権行使書」の2点を送り付ける、というイメージである。(楽天なんかはこれを適用していた記憶がある)
また、保険的に「書面交付請求権」なるものも用意されており、要はIT機器を使えない人のために、「(ほぼ)これまでどおりの招集通知を紙でくれ」という申し出が、総会基準日(だいたい期末日)までに申請が完了すれば可能となっている。なお、実例としては、請求割合はせいぜい5%以下(弊社は1%程度)ではあるが、「書面交付請求が全くない」ことは考えにくい。そのため、仮にアクセス通知方式を採用しても、例外処理として「これまでどおりの招集通知の紙面を作成すること」からは逃れられない。
ここから多少ややこしくなってくるが、(全体の95%以上を占める)書面交付請求をしない株主に対して、付加的に紙面で情報を送付することは、各社の判断において妨げられない。具体的には、この制度を厳密に適用して「狭義の招集通知」と「議決権行使書」の2点だけしか送らない場合に、「株主への情報提供として不十分ではないか」ひいては「情報不足から議決権の行使比率が下がるのではないか」という懸念が会社側に生じる。それらに対処するために「付加的な情報を送る」という選択をする会社は、「(ほぼ)これまでどおりの招集通知を送る」パターンと、「要約した情報を送る」パターンの2つに分かれる。
「これまでどおり」パターンは、要はフルで送るため「フルセット(デリバリー)」と呼ばれる。どうも前例踏襲感が付きまとうように感じ、自分もこれを最初聞いた時には、「せっかくデジタル化してよいって制度ができたのに、なんで旧来方式を守って全部紙で送らねばならんのだ、削れ削れ。」と思っていた。ただし、印刷会社の担当者からよくよく聞くと、メリットとして「紙を多く使うのになぜか価格が安い」「書面交付請求対応しなくていい」「作る書類が1つのみで事務負担が少ない」等が挙がり、事務方としては無視できない要素が並んでいる。「大(フルセット)は小(サマリーorアクセス通知)を兼ねるし、大の例外処理を通常処理とするなら例外は存在しなくなる」というような発想である。
「要約」パターンは、これを英語にした「サマリー」と呼称され、実務としては「書面交付請求株主にはこれまでどおりの招集通知を、非請求株主にはサマリーを送る」という運用となる。メリットとしては、「付加情報の圧縮度合いを法令に縛られず会社側で調整可能」「招集通知の発送代金が重量課金のため多少安くなる」「紙の節約から、サステナビリティ的なるものを謳える」「フルセットよりは進歩的イメージを持たれる」等があるが、デメリットとしては、フルセットのメリットの裏返しで「なぜかフルセットより価格が高くなる」「記載した情報が足りず、サマリー発送後に”招集通知を寄こせ”と株主から電話がかかってくるリスクがある」「書類を2つ作るため事務負担が大きい」というものだ。
以上、書ききれなかった要素も含めて超ざっくりまとめるとこのような感じになるはずだ。
|
メリット |
デメリット |
アクセス 通知 |
送付物が少ない 先進感 |
対応が2系統(アクセス通知と書面交付請求) なぜか高い 情報提供不十分?議決権行使に影響? |
サマリー |
多少送付物が少ない 多少先進感 情報の圧縮度合いに会社の自由が利く |
対応が2系統(サマリーと書面交付請求) なぜかけっこう高い 書類を2つ作る事務負担 |
フルセット |
対応が1系統 なぜか安い |
古くさい 送付物が多い |
改めて見てみると、「手間」と「コスト」という2大要素を兼ね備えるフルセットの強さ。。。そうなってくると、そもそもの制度設計に無理があったのでは?ということにも。。。
ここまで、コスト面以外はものの本やHPを読めば大体載っている話。
本丸の「なぜかフルセットの方がサマリーやアクセス通知より安い」というのがどうしても引っかかる部分と思うが、「“書面交付請求用”と“サマリーorアクセス通知用”で2つ作らなくてはいけない“版”の代金のせい」というのが答えらしい。「版とは何ぞや?活版印刷する時代かよ??」とは思うが、印刷会社の営業の人に聞くとその答えが返ってきた。印刷のコストにおいて紙の占める割合というのは従量課金で変動費的なものであり、印刷数量が一定数を超えるまでは差額が固定的な「版の代金」を超えられず、一定の株主数がいないとペイしないとのことで、弊社規模だとペイしなかったということだった。
(蛇足かつ個人の邪推だが、この裏に、T社とP社の2社独占の市場において、「電子提供措置を機にいっちょ稼いでやろうぜ!」的な思考が透けて見える気もしないでもない。。。)
各社の株式担当者はこれらの情報をもとにして、どのように対処するかを制度導入前夜より考えてきたわけだが、2023年については「初年度ということもあり様子見でフルセット」という会社も少なからずいた。ただし、初年度を振り返ると、「アクセス通知やサマリーについて株主から否定的意見がほぼ皆無」であり、その現実を前に会社が何を重視するか、という側面がより炙り出されるのが2024年、というのが大方の見方だろう。
さて、そもそもの制度趣旨と各社・各担当者の個別利益がズレているこの件について、ニッチに隙間を突いていきたい自分が、こうしたらいいのでは?と思うことは次の通りである。
●版って何ぞや?(2回目)てか、弊社の場合、書面交付請求してくる人なんて全体の1%程度なんだし、サマリーとフルセットの差額を書面交付請求株主1人あたりで割るとめっちゃ割高。2系統目で例外の書面交付請求株主に対しては、見栄えなんぞ無視して、①サマリーに不足している部分だけA4対応で作ってPDF納品してもらう②会社の複合機で印刷③書面交付請求してきた株主だけ抽出できるので住所ラベルを作成して封筒に貼って、ちょっとした挨拶文と一緒に送りつける、って運用の方がコスパいいんじゃね?招集通知は株主名簿管理人から一括で送らないといけないなら、自社印刷したものを代行に持ち込みましょうか?
●株主総会で配当議案を諮る場合、総会直後にすべての株主に対して配当関係の書類を送付することになるが、弊社の場合、そこに “株主通信”なる書類を同封していた。カラー印刷で「事業の概況」や「計算書類」等の記載があり招集通知と内容が被っていたため、これを招集通知の事業報告やサマリーとして活用するために、記載内容を多少改めて送付時期を前倒すという運用もありかも。かつては採用している会社も少なくなかった“分冊版”招集通知の復権とも言えるかもしれない。
●事務負担的に、サマリーでもフルセットでも両方に使えるような記載ぶりの研究が待たれる。弊社の場合は、初年度からサマリー対応にしたものの、面倒なので「サマリーは事業報告の途中でぶった切る」という荒業で、書類を2つ作らなくて済むようにごまかした。
また、電子提供制度のもう一つの側面として、WEB開示の発展形という意味合いも持っていると理解している。定款の定めがある場合に、「HP上に掲載すれば、紙の招集通知にも記載しなくていい事項を認める」というのがWEB開示であり、「連・単の注記表」や「業務の適正を確保するための体制」「連・単の株主資本等変動計算書」で活用している会社も多かったが、発展的解消の電子提供制度下においては、連・単のBSやPL、(会計)監査報告書など、「HP上に掲載すれば書面交付請求してきた株主用の招集通知にも記載しなくていい」事項がかなり追加された。
そのため、これをみっちり適用すれば「1系統となり分類上はフルセットのため、先に書いたそのメリットは享受できるが、HP上にかなりの部分の記載を譲る形であるためにページ数はサマリー+αくらいとなる招集通知」ということもあり得るし、制度趣旨も含めた意味で1つの最適解となりうる。(設計者としては、電子化を押したかったのかもしれないが、実務者としてはこれを主筋とするような制度設計にしてほしかった…)
ただし、例えば「監査報告書の省略は、監査役からの反発で実現の芽が無い」というのは実務として十分にあり得る話で、「1回はサマリー運用し、“95%以上の株主は紙面上で監査報告書を見ていないが、特に問題なかった“という実績を作ってから、それを武器にまずは管理畑の担当役員から説得していく」等、記載省略には政治的立ち回りも必要かもしれない。
株式保有者は年配者の方がどうしても多いので、2系統目の書面交付請求権を設けること自体は仕方ないのかもしれないが、「仕事で聞く“念のための保険”って、大概生産性を下げる要因になっちゃうよな」とも感じる今日この頃であります。